358の自覚

さごはち☉の人生を豊かにするエッセンス

家族は学びの友

家族というテーマで書いてみようと思います。家族は何のためにあるのか? 記事後半では、人生において最も重要な話もしてみたいと思います。

 

 

家族には、親兄弟という家族と、パートナーと子どもという家族があります。家族は基本的には『助け合い、愛し合い、許し合い、認め合う』という人生の学びをする関係性なんですね。

 

この学びをクリアするためには『感謝』がベースになってきます。

 

一番避けたいことが『当たり前』という意識です。これは家族に限らずですが、当たり前という考えを持ってしまうと、上手くいかなくなります。

 

最近ではこういう光景は減ってきたように思いますが、奥さんがお茶やコーヒーを作ってあげて旦那さんの所に持っていく。旦那さんは何も言わずに飲む。これが『当たり前思考』といいます。

 

夫婦だから当たり前ではないんです。むしろ逆です。1つ1つのことに感謝をする学びをしているのに「ありがとう」の一言も言えない。相当に意識波動が低くなっています。これは親子間でもあります。自分の親に対して、自分の子に対して。

 

夫婦間で感謝がないと、子どもも感謝が出来ない人になります。

 

全ての人に共通した人生の学びは『謙虚・感謝・思い遣り』の3つなんですね。これが普通に出来るようになってくると、自分の運命を創っている要因があるんですけど、そこがほぼ綺麗な状態になってくるので、人生がスムーズになり、心がスッキリしてきます。

 

感謝をすると言っても、今までそういう感じでもなかったのに、いきなり変えるのは難しいという場合は、心で想えばいいんです。目の前の人のどんな言動にも常に感謝の念を発する。

 

例えば、自分にとって都合の悪い言動を相手がしたとします。それでも感謝なんです。

 

なぜかと言いますと、自分が見ている世界というのは、自分の心の状態を重ね合わせて映し見てるだけなんですね。イライラしたり、諸々のネガティブな感情が湧いてくる時があるかと思いますが、こういうエネルギーが潜んでるんだって気付くことができます。

 

相手は気付かせてくれたわけです。だから感謝なんです。

 

その言動の内容は、正直、どうでもいいんですね。自分がどういう心の状態になっているのかをチェックできれば。で、これまでの記事にも書いてきましたが、心は自分ではないんです。本当の自分が使う道具なんですね。

 

なので、どういう感情エネルギーがあるのかをチェックできたら、それを静かに眺めるだけです。意識を向けるだけ。それについて何も思考する必要もないです。ただ静かに眺める。肉体と心以外の自分がそれを傍観してる感じで。

 

例えば、自分の中に神様がいるというイメージを持って(実際にいるんですよ(笑))、その神様自分がこの乱れた感情エネルギーを優しく見守っている感じになってみるんですね。

 

ここまで書いたので書きますが(笑)、心臓の後ろにちゃんとおります。それが本当の自分です。

 

だから、人に文句を言ってる時、それは実際的に神に文句を言ってる状況になります。そういうことをしてて幸せになりたい!って、えらい傲慢な人ですよね(^_^;)

 

話を戻しますが、自分の親兄弟、パートナー、子ども。まずはこの枠内において『謙虚・感謝・思い遣り』という三大テーマを実践してみる。この一人一人に内在している神に感謝をするのなら、出来ませんかね?

 

すべての人の内在の神というのは、同じ1つのものなので、相手に感謝をするというのは、同時に自分の内在の神に感謝しているのと同じなんですね。

 

感謝をすればするほど、自分の内在の神のエネルギーが強くなっていくので、エゴの意識、ネガティブな感情などがどんどん影を潜めていくんです。

 

神は手よりも足よりも近し。

 

思考や感情に翻弄されて生きていると、この大切なことに気付けないまま人生を終えていきますが、いつも通りの日常を送りながらでも、内なる静寂を少しずつでも意識するようになると、これが実感として分かるようになっていきます。

 

神は常に常に内側からノックをし続けています、何千年も何万年も。あなたが心を開いて気付いてもらえるのを、今か今かと待ち望んでいます。ただ、エゴのマインドがそれに気付かせまいと、思考や感情を暴走させてるに過ぎないんですね。

 

あなたがその静寂を意識して1歩でも近づくことができれば、神は100歩でも1000歩でもあなたに歩み寄ってくれます。

 

家族は神なんですよ。

 

そういう目線で、ご家族一人一人を見て、謙虚な態度で、常に感謝をし、思い遣りを持って接していくことって出来ませんかね?

 

あなたの内側に閉じ込められている内在の神は、それをすることを望んでおられますよ。大丈夫です。神は決してあなたを責めることはありません。常に温かく見守っています。

 

最後までお読み頂いて、感謝しています。